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東洋、九世紀以前のクリスチャン

                      ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? 池田 豊
The following story is not an amusing story per se, however, it sure is an amazing story!

ジョン・スチュァートの本を、日本では、日本語に訳されたものを読んだことがあったのですが、ニュージーランドに来て、先日、英語で読み直す機会があり、新い発見がありました。

日本語のタイトルは、「東洋の基督教景教東漸史(とうぜんし)」で、賀川豊彦、熱田俊貞訳です。

原本の題名は、Nestorian Missionary Enterpriseです。このイントロダクションのP31-32にこのような文章が掲載されていましたので、日本語に訳してみました。

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八世紀末を迎えるまでには、日本に、クリスチャンたちがいたことの証拠が残っている。それと同様、クリスチャンたちの大きな集落があったというだけでなく、中国や、その周辺諸国においても、クリスチャンの王や、クリスチャンの軍司令官たちが七世紀中頃以前からいたことも十分証明されている。

そのことは、モンゴルにおいても、シベリア、そしてバイカル湖周辺、北インド、南インド、セイロン、ビルマ、また、マレーシアの特性を見ても同様である。

アジア全域にわたり、ネストリウス派キリスト教宣教師たちの足跡が残っていない地域を見つけ出すことのほうが、困難なのである。

彼ら、アジアのクリスチャンたちは、影響力ある重要な立場についていた。そしてモンゴル大帝のうち少なくとも一人は、クリスチャンであったことが知られている。一方、大帝たちの幾人かの后たちがクリスチャンあったことは、わかっており、彼女らは、キリスト教の良い影響力をいかんなく社会にもたらしていた。

宣教師たちは、どこへ遣わされようとそこに、自分達のもっていた高い文明を持ち運んで行き、宣教地の人々に識字教育を施し、文字の読み書きを教えた。

1569年にスペイン人たちが、フィリピン諸島を占領した時、フィリピンの人々は高い文化を持っていた。彼らは、広範囲にわたって高い識字率を有しており、当時のヨーロッパ諸国の一般人に比べれば、フィリピンの人々は、はるかに高い率で読み書きができていた。田舎の村々へ行っても、読み書きのできない少年少女は、一人もいなかった。その現地語は、タガル(現在はタガログ)語といって、マレー・ポリネシア地域の言語、文法の中でも、もっとも発達した言語の一つであった。そして、彼らのアルファベットは、一般人の間で広く用いられていた。

スペイン人たちがやってきた後、ルソン島の人々は、スペイン人たちが持ってきた書物のほとんどを、スペイン語からタガル語へと翻訳した。このようなことができたというのは、九分九厘、東洋に広がったキリスト教宣教師たちが、最初に(識字)教育を施してくれたことのゆえだと言って良い。

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?There is evidence that there were Christians in Japan before the close of the eighth century. ?That there were not only strong Christian communities, but Christian kings and Christian generals in China and in the countries adjoining, before the middle of the seventh century, is equally well authenticated. ?The same is true of Mongolia, Siberia, in the neighbourhood of Lake Baikal, India north as well as south. ?Ceylon, Burmah and the straits of Malacca.

?Indeed the difficulty is to find a place in all Asia where Nestorian Christians or missionaries had not gone. ?They occupied positions of influence and importance, and one at least of the Mongol emperors is known to have been a Christian, while the wives of several were Christians and exerted a wholesome Christian influence. ?

?Wherever they went they carried their culture with them and taught the people the art of letters. ?

?The Philippine islands were so far advanced at the time of Spanish conquest 1569, that ability to read and write was more generally diffused there than among the common people of Europe. ?There were many villages where not a single boy or girl could be found who could not read and write. ?The native language was called Tagal (Tagalog today), one of the most highly developed of the Malayo-Polynesian forms of speech, and alphabetic writing was in common use.

?After the arrival of the Spaniards the people of Luzon made translations of every kind of literature from Spanish into Tagal. ?For the ability to do this they were almost certainly indebted in the first instance to the missionary teaches of the 'Church of the East.'


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