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造り主を知る

Hakucho


  I. 私たちは造り主を知らなければならない


 ロシアの文豪、トルストイの寓話の中に、次のような、魚に関する話があります。ある時、川の中を泳いでいた魚たちが、人間たちの話す、話し声に耳を傾けていました。なんでも人間たちが言うには、魚は水の中でないと生きられないというのです。これを聞いた川の中の魚たちはびっくりぎょうてん。互いに顔を見合わせて言いました。「水の中だって?水ってなんだ?」「聞いたこともない、いったい水ってなんだ?」すると、一匹の利口な魚がこういいました。「この先ずーっと下っていったところに、年取った知恵者の魚がいるということだ。ひょっとしたら、その爺さんに聞いてみたら分かるかもしれないぞ。」そこで魚たちは、川をくだって海に行き、その年老いた知恵者の魚を見つけ、質問しました。「知恵者と噂の高い、あなたならご存じかもしれない。いったい水とはどんなものなのでしょうか。知っていたら教えていただきたい。」そうしたら、この知恵者の老魚は、エヘンとひとつ咳払いをしたかと思うと、こう答えました。「水というものはな、我々がその中で、また、それによって生きているそのようなものじゃ。いわば我々の命の源といってもよい。我々はその中にどっぷりとつかっており、そのおかげて生かされている。じゃがしかし、それは目に見えない。それがために、皮肉なことに、我々はそれを知らずにいるのじゃよ」
魚
もちろん水が、魚を自然に発生させたわけではありません。創造主が魚を造り、水の中で生かしてくださっているのです。我々人間も大自然が命を与えてくれたわけではありません。自然は人間同様、創造主の手による作品、被造物です。作り手である創造主とは区別されなければなりません。しかし、ここでトルストイが言いたかったのは、人間は、自分が創造主の愛に囲まれて生きていながら、しばしばそのお方を知らないふりをして、無視し、あたかも創造主がいないかのように生活しているということでした。


パウロもギリシャで、創造主のことをよく知らないアテネの人々に対し、次のような言い方で、造り主を彼らが本当は知らないはずがないと語っています。


この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。 使徒17:24-29


創造主を知らないというところに人間の愚かさ、罪深さがあります。その罪故に、人間は創造主を知ることができないでいるのです。


 聖書は言います。


初めに、神(創造主)が天と地を創造した。 創世記1:1
なぜなら、神(創造主)について知りうることは、彼らに明らかであるからです。それは神(創造主)が明らかにされたのです。神(創造主)の、目に見えない本性、すなわち神(創造主)の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。というのは、彼らは、神(創造主)を知っていながら、その神(創造主)を神(創造主)としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。 ローマ1:19
御子は、見えない神(創造主)のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。 コロサイ1:15-17

 II. 造り主を知り、初めて私たちは、自分が生かされている真の理由を知ることができる


私たちは「造り主」がいらっしゃることを信じなければなりません。そのとき、初めて、私たちが生かされている真の理由を知ることができるのです。
腕時計は、人間が人間のためにこしらえた物です。人間の腕に巻かれて初めて、その作られた目的が活かされるのです。カレンダーの表示や、ストップウォッチなどを始めとした様々な機能が、十分に活かされるのです。腕時計は人間が人間の為に作ったものだからです。この腕時計を猫のしっぽに付け、荷造り用のガムテープでぐるぐる巻きにしたらどうでしょう。時計が作られた本来の目的が発揮されると思いますか?いいえ、猫にとっても迷惑きわまりないことに違いありません。時計は猫のために作られた物ではないからです。 腕時計

実は、それと同じようなことを私たち人間はしています。天地万物、宇宙を無から創造された造り主がおられるのです。私もあなたも、この創造主によって造られ、命の息を吹き込んでいただいたので、生きるものとなったのです。
ところが、私たち人間はこの創造主を無視し、失礼な態度をとり続けています。動物の狐を神として拝み、油揚げをさしだし、お祈りをしている人がいます。また、ある人は、富士山のような高い山に向かい
、または、神木と呼ぶ巨大な樹木などにしめ縄を巻いて、祈りを捧げます。太陽や星を拝み、祈りを捧げる人もいます。そればかりか、人間を神に祭り上げ、死者に手を合わせて拝み、祈りを捧げている人もいるのです。


皆さん、私たち人間は、狐によって、狐のために造られたのではありません。ましてや高い山や、太陽、月、星、菅原道真や徳川家康に命を与えられたのでは決してありません。天地万物、宇宙を無から創造された造り主によって、私たちは造られ命を与えられ、活かされているのです。私たちはこの造り主、創造主を信じる時に、初めて私たちの存在の目的、何のために生きたらよいのかを知ることができます。


 


III. 造り主の愛を知り、私たちは初めて死に対する恐怖に打ち勝つことができる


私たちをお造り下さった創造主は、愛のお方であると聖書は教えています。ところが私たちは造り主を無視し、失礼な態度をとり続けてきました。私たちは創造主に裁かれるなら、主の怒りを受け、永遠の滅びにおとされて当たり前の者たちでした。しかし創造主は愛のお方です。私たちの罪の責任を私たちに負わせないで、私たちを赦す救いの道をお開きくださったというのです。それが御子イエス・キリストの十字架の御業です。


聖書の御言葉に耳を傾けてください。私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。 ローマ5:6-8
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。  2コリント5:17-19
イエス・キリストがあなたの罪を身代わりとなって受けてくださり、十字架で償いを成し遂げてくださったと聖書が告げるこの良い知らせを信じ受け入れるなら、私たちに永遠の命が与えられます。主イエス・キリストは十字架で死んだ後、墓に葬られましたが、三日後に死から甦えられたからです。



主イエス・キリストの十字架と復活に顕された、創造主の愛をあなたが、今、信じお受け入れになるなら、死に対する恐れに勝利することができます。
Rainbow cross
 

聖書の言葉


まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたし(イエス・キリスト)のことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きるのです。  ヨハネ5:24-25


 



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