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真実一筋に生きることの難しさ

真実一筋に生きることの難しさ 


                           


真実一路


山本有三の書いた小説に「真実一路」という作品があります。


しず子は、弟の義夫と父義平との3人暮らしでした。18才になったしず子は、大越という男性とお見合いすることになり、その報告をするために、弟の義夫を連れて、母むつ子の兄、伯父である河村弥八のところを訪れます。そこで、母、むつ子に会い、むつ子がなぜ自分たちと一緒に生活をしていないのか、衝撃の真実について聞かされます。
しず子を産んだ母、むつ子は、実は不倫関係を持った愛人との間に、しず子を妊娠したのでした。そのことを知りながら、守川義平は、むつ子の父に恩義を感じて、他人の子を宿しているむつ子と結婚することを決意したのでした。むつ子は、以前の愛人との間に出来たしず子を腹に抱えたまま、義平の許に嫁いだ女性でした。しず子は、母の愛人の子だったのです。ところがむつ子の愛人が、急死してしまいます。義平はしず子を自分の子として育ててきました。世間体を飾るだけのこの結婚は、義平にとってもむつ子にとっても不幸でした。
間もなくむつ子は、義平の誠実さに耐えられなくなり、家出してしまいます。そして浅草でカフェーを経営します。彼女は後に知り合った隅田恭輔に恋をし、隅田の愛人となります。そしてむつ子は隅田の螢光燈研究を助けていました。
お見合いをしてみたものの、しず子の生い立ちが明らかになったことが理由で、大越家から破談され、見合いはなかったこととされてしまいました。しず子は、心に深い傷を受けます。そのやるせない気持ちを、彼女は、むつ子の弟で、絵描きをしていた叔父、河村素香にぶつけ、訴えたのでした。
そうしたら、河村はこうしず子に言います。「姉さんも気の毒な人だよ。みんなが言うように、ふしだらな女じゃない。自分の本当の生き方をしたいともがいていたんだ。」素香はそう言って「真実一路の旅なれど」と言う白秋の詩を呟くのです。
ところが隅田が生活苦と失敗から自殺してしまうのです。頼りにしていた隅田を失ってしまった、むつ子も後を追うより仕方なかったように作者は描きます。



子供を産むことができても、母親になれない女--これがむつ子の「真実一路の人生」だったと作者、山本有三は訴えたかったようです。
母を失くして、再び寂しい思いをしていた義夫でしたが、運動会の選手に選ばれました。懸命に力走する義夫の耳に、死んだむつ子の声が聞えて来ました。亡き母の声援に義夫は、テープ目指してまっしぐらに走るシーンで小説は終わります。


結婚問題で悩んでいる娘、しず子宛に、むつ子は次のような言葉を遺書として残して死んでいきました。
「女が母親になるのは、何でもないことです。そんなことは、どんな女にだってできることです。でも、母親であることは、なかなかできることではありません。この事はよくよく思案して下さい。」
もちろん、子宝にめぐまれず、悩んでおられる方々もおられます。しかし、山本有三は、子供を宿し、出産することよりも、産んだ子供に対して、母親として十分な責任を果たすことのほうがもっと大変だと言いたかったのだと思います。渡辺和子さんは、この子供を産むことに伴う子育ての責任と、他の事柄とを対比し、このようにおっしゃいます。
車を運転しようと思えば、教習所に通い、試験をパスして免許証を手に入れなければならない。教師になるためにも、教員課程を特別に履修し、現場で、一定期間実習した後に、初めて免許状が与えられる。ところが、母親になるのは、むつ子がいうように、何の免許状をも必要としない。そして、そのようにしてなった父親、母親に委ねられるのは、車ならぬ生身の人間であり、複雑な心理を持ち、可塑性(かそせい)(柔らかい状態のプラスチックのような樹脂に力を加えた後にその力を抜いても、できた歪みがそのまま残ることをいう、型にはまること)に富み、操縦(そうじゆう)如何(いかん)によっては、暴走しかねない人格である。また、人格形成に最も重要な乳幼児期を、教師たちとの接触に先立って任せられているのも、親たちなのである。それなのに、くどいようだが、親になるための資格試験というものはない。


「女が母親になるのは、なんでもないことです。」とむつ子は遺書に書きましたが、男はそれ以上かも知れません。男が父親になるのは、本人が、その心構えができていない時である場合に起こる場合も多いのではないでしょうか。そのために悲劇が生まれます。「旅の恥はかきすて」「据え膳食わぬは男の恥」というような表現が日本語にはあります。会社ぐるみの集団買春ツアーで、外国まで出かけ、欲情丸出しの日本人男性が、知らない間に父親になっていたということもあるようです。裁判に持ち込まれ、DNA鑑定では、実子である確立は非常に低い状況だったようですが、愛人だったとされる女性から、身ごもった子供の父親はあなただとすごまれ、隠し子の養育費という名目で金銭をしつこく要求されることに耐えられなくなって、自殺未遂をした、有名人歌手がおられました。「有楽町で逢いましょう」、「君恋し」を始め、多数のヒット曲で知られる、低音の魅力、日本のムード歌謡の第一人者だったフランク永井さんです。この方も、父親になるのは、ふとした気のゆるみから生じることでもある可能性を否定できず、父親であり続ける責任の重さに悩んだ男性の一人だと言っても過言ではないでしょう。


 


学校の先生と親、どちらが影響力あるか


学校の先生と、親、いったいどちらの影響のほうが、子供に大きく作用するでしょうか。昭和26年から46年に至るまで、天皇家の東宮侍従として当時の皇太子殿下(現在の平成天皇)、浩宮さま、礼宮さまにお仕えした、浜尾実(みのる)さんは、幼稚園から中学、高校生までの子供たちを持っているお母さん方対象に、「あなたの人間形成に、一番影響のあった人を一人だけあげてください」という質問をし、それに対してどう答えたかというアンケート調査をなさって、結果をこう発表しておられます。
  1. 母親 49%


  2. 父親 31%  


 3. 職場の人 6% 


  4. 学校の先生 5%


  5. 祖父母 4%


  6. その他 1%


この結果をみると、母親となった女性が一番影響を受けたとおっしゃるのは、やはり自分の母だということです。母と父を合計すると何と、80%という数字になるのです。親の責任は、とても大きいものだと言ってよいでしょう。すなわち、影響には、良い影響がある反面、悪い影響もあるからです。


 


親業と親の道


以前、こんなことを聞いたことがあります。「あんな父親、赦せねぃ」「あんな母親、顔も見たくない」とそう親に悪態をついていた子供が、いざ自分が親になる年齢になった時、その自分が大嫌いだと言っていた父や、母と同じようなことをしているというのです。このことは、良い影響だけなく、悪い影響も私たちは、一緒に生活をしてきた、父、母から受けているのだということを如実に物語っています。
最近、「親業」という新しい言葉ができ、その講習会が各所で開かれている現実をみつめて、渡辺和子さんは、こうおっしゃいます。
親であることは決して一つの「職業」ではない。強いて言えば、一つの「道」である。技術ではなく、心であり、金を払い、講習会を受けて、短期間に習得できるものではなく、日々、おのれと戦い、自らが成長して行くことによってのみ、親であり得るのだ。
子供にとやかく言う前に、親がまず、自分の身をただすことから始めなければ、親たる資格がないということかもしれません。自分が真正面切って子供に対し挑戦的な言葉をぶつけている親は、その言葉が、己の実生活の中で模範となっているかどうかをまず、自らの胸に手をおき、省みてみる必要があります。
「友だちと仲良くしなさい」「兄弟げんかは止めなさい」と子供に言っておきながら、自分は他人の悪口を陰で言いたい放題言い、配偶者である夫や、妻と壮絶な争いを繰り返す姿を子供たちの目の前で披露している親もいるのです。子供に「嘘をついてはいけません」といいながら、自分の生活は、「少しぐらいいいじゃない」、「みんながやっていることだから」と不正直、不誠実な部分を露呈してはいないでしょうか。「勉強しなさい」と子供を叱りつけておきながら、自分はくだらないテレビ番組や、雑誌にうつつを抜かしているという親はいませんか。子供たちは、そんな親の口からはき出される言葉よりも、親のふるまい、現実の生活態度を冷ややかな目で観察しているのです。
親は自分が正しいと思っているので、子供を叱ったり、注意したり、命令したりするわけです。真実を貫いていると思っているのです。少なくとも子供を育てることに真剣に、真実を追究していると自負するからです。しかし、自らにその真実の要求をつきつけることは、あまりしません。結婚相手である夫や、妻の方から、追求がくると、のらりくらりと逃げたり、しらを切って、知らぬ振りをすることも多いのです。配偶者からの攻撃や追求に、鼻息荒く反撃に出るという人もいます。互いにチャンチャンバラバラ、戦闘状態に入る夫婦もあります。お互いに自分こそ正しいと義憤に駆り立てられていますから、静まるのには相当時間がかかります。「真実一筋に生きる」という主張の入った荷物には、取扱注意のラベルが貼ってあった方がよいのかもしれません。


 


正しすぎてはならない


聖書にも次のような言葉が記されています。あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。 伝道7:16
イエスさまがこの地上におられた頃、自他共に認めるいわゆる、「正しい人たち」がいました。厳格なルールにのっとり、誰よりも正しく、誠実に生きている人々でした。ただ彼らにも問題がありました。外側では立派に振る舞っているのですが、心の奥底には、火山のマグマのような怒りや、妬み、復讐心、好色な思い、自分中心の醜い自己主張が渦巻いていたのです。しかし、そのそぶりも見せず、眉を上につり上げ、目線を下にして他の人を見下げ、裁いていました。そして、必要以上のお節介をしていたのです。彼らを見て、イエスさまは、辛辣な言葉でこう言われました。忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは白く塗った墓のようなものです。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものがいっぱいなように、あなたがたも、外側は人に正しいと見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。 マタイ23:27-28


また、イエスさまが山の上で教えられた有名な、山上の垂訓の中に次の教えがあります。さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。 マタイ7:1-5


 


どれほど自分が正しくとも


クリスマスにちなむオラトリオ「誓いの星」を作曲したのは、日本人の作曲家です。彼は、三木露風の詞、「赤とんぼ」にも日本人の心にしみる哀愁あるメロディーを付けた作曲家です。そうです、1886年に東京で生まれた山田耕筰です。彼は、日本基督教団巣鴨教会で1900年(明治33年)、田村という牧師より洗礼を授かっています。しかしながら、後にどのような理由かは不明ですが、除名されています。関西学院大学を経て、東京音楽校に学び、ドイツのベルリンに留学しました。そこで小山内という人から、「芸術家になるのなら、デカダンスを体験せよ!」と勧められ、山田耕筰は放蕩三昧の生活をおくります。キリスト教を破棄し、背教の記念にと「堕たる天女」という過激な歌劇曲を作曲します。生涯に約1600曲の作品を発表しました。しかし、晩年、車椅子の生活となり、キリスト教信仰に立ち返ったかと思われると言われています。(春秋社発行 笠原芳光著 はじめに言葉あり:110人の断章 P82-83)
この山田耕筰がまだ関西学院在学中のエピソードです。神戸の御影に営む酒造家の息子が持ってくる酒粕を、耕筰らは、毎朝、教室のストーブの上に乗せ焼いて食べておりました。ある日、学院長の吉岡美国(みくに)にそれを見られ、叱られてしまいます。山田耕筰は、今後、一切酒の香りがするものは口にしないと誓いました。しばらくして、食堂のメニューの一つとして粕汁が出ました。そのとき、「吉岡院長に誓いを立てた手前、その誓いは破れない」と耕筰は粕汁を食べませんでした。ところが、酒粕を焼いていた山田耕筰をこっぴどく叱った、吉岡院長は、粕汁を食べていたのでした。それで、吉岡院長は、自分の矛盾に気づき、山田耕筰に謝ったそうです。その時の感想を山田耕筰は自伝「はるかなり青春のしらべ」の中でこう記しました。
私は、どれほど自分が正しくとも、人に復讐をしてはならぬこと、裁きは人間同士がするものではなく、神の手によって、正しく行われることを悟った。 山田耕筰
私たちは、自分が正しい、相手が間違っていると思う時に、裁きをくだし、相手を攻撃しやすいものです。君のここが間違っていると人差し指で相手を指した時、確かに指の一本は相手を指し示しています。けれども親指以外の他の三本の指は、自分の方を指しているのです。


 


自分で真実だと思っていても


冒頭にあげた真実一路のむつ子が悩んでいた姿を見て、弟の河村素香はこう言いました。「姉さんも気の毒な人だよ。みんなが言うように、ふしだらな女じゃない。自分の本当の生き方をしたいともがいていたんだ。」むつ子は自分の心の赴くまま、自分が感じるまま正直に生きようとした、それが真実一路の生き方だとでも言っているように聞こえます。しかし、それが本当に真実一筋に生きる生き方なのでしょうか。私には疑問に思えるのです。自分が正しい、これでいいんだと思える生き方が真実だと本当に言えるでしょうか。間違っていたと後でわかったら、どうするのでしょう。
人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。 箴言14:12


 


真理とは何か


私たちが、これこそが真理である、真実だと強く思ってみても、必ずしもそうではないという場合があるのです。
ピラトという人は、イエスさまを前にして、「真理とは何か」と質問をしたことがあります。そこでピラトはイエスに言った。「それでは、あなたは王なのですか。」イエスは答えられた。「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世に来たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。ピラトはイエスに言った。「真理とは何ですか。」彼はこう言ってから、またユダヤ人たちのところに出て行って、彼らに言った。「私は、あの人には罪を認めません。 ヨハネ18:37-38
聖書は、イエス・キリストこそが真理であると証言しています。私たちは自分自身の内に、純粋な真理がないことを認め、遜り、この真理であるイエス・キリストを信じ、お受け入れすることによってのみ、私たちは、真に真実一筋に生きる生き方へと導かれていくのです。
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。 ヨハネ14:6



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