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行いの伴わない信仰は、死んだ信仰であるとは? (1)

                                                               牧師 池田 豊
「行いの伴わない信仰は、死んだ信仰だ!」と言われ、ドキッとさせられたという経験を持つクリスチャンは、おそらく私ひとりではないだろうと思います。
 その場合、永遠の命を得る救いは、全く私たちの行いの業にはよらないと教えられはずなのに、今度は、本当に救われているかどうかは、実は、行いによって最終決定がなされるんだよ、と言われたような気がして、騙されたような気分になるのです。自信を失い、不安な気持ちが心の中をよぎるのです。
 そんなこと言われても、「救いは律法の行いや、私たちの善行、義(正しさ)には関係なく、イエス・キリストを救い主と信じるだけでよい」と聖書が教えているはずだ。これこそ真理だと思ったから信じて、自分のような者もクリスチャンになることができたのだ、という方々もおられるでしょう。なにか矛盾のように聞こえます。
 ちょうど、駅前で、たくさんの女性が人だかりになっているので何かなと、のぞいてみたら、ティッシュや食品を包むラップなどを無料で配っています。みんなただでもらえるのだと思って集まっているのですが、実は、高価な布団等を強引に売りつけられてしまった方々が不安そうに帰途についている。そんな光景を思い出してしまいます。騙されたという感じを持つと言うことでは、似ているかもしれません。



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