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神の御名を知らせるとは何? 2

ものみの塔にお尋ねします8
            藤井寺キリスト教会 牧師 池田 豊
神の御名を知らせるとは何? 2

12. ところが、I AM:わたしはあってあるものだと自分を指してそのまま言ったら、その言った人が神様になってしまうので、一人称を三人称に変えて、すなわち・・・I AM を HE IS に直したのがテトラグラマトンYHWHなのです。この意味は、「あってあるお方」つまり初めもなければ、終わりもない、永遠に存在しておられるお方という意味だと思いますが、このことには同意して頂けますでしょうか。

13. ヨハネの福音書8章52節~59節を読んでみて下さい。ここで、アブラハムとイエスキリストについての比較がなされていますね。ユダヤ人たちは、イエスがまだ50歳にもなっていないのに、アブラハムと同時代にいたかのような発言をするなと怒っていますね。

14. その際、イエスキリストは、奇妙な表現を用いられました。8:58でアブラハムが生れる前からと言って、ギノマイという動詞を使われました。それはアブラハムが「出てきた前に」という意味で、アブラムが被造物であるということを暗示する表現でした。

15. ところが、イエスキリストは、ご自身のことを表現する時には、このギノマイを用いることをしなかったばかりか、とんでもない文法上の誤りと思える表現をおとりになったのにお気づきでしょうか。

16. もし、文法上の時制の一致というルールにのっとったならば、アブラハムがゲネスサイ(創造され出現した)以前に、わたしはいた(I was)、又は、それ以前からわたしはいたという意味の完了時制(I have been)を使わなければ正しくありませんね。それなのにイエスは、ここで何とおっしゃったでしょうか。

17. わたしはある(I AM):エゴ・エイミとおっしゃったのです。これはイエスキリストが燃える柴の中から、モーセに語りかけたお方であるということを証明した言葉です。アブラハムが創造される前からイエス様は、永遠に存在しておられる、エゴ・エイミなるお方であるということです。それ以外に、この文法上の誤りを説明する方法があるでしょうか。

18. ユダヤ人たちは、イエスがエゴ・エイミとおっしゃったとたん、石を投げつけようとしましたが、なぜですか。単なる文法上の表現が間違っていたということで、英語の教師のようにイエスの誤りを正してやろうとしたのでしょうか。ユダヤ人にとって、石投げによる死刑を、裁判もなしに執行しようとしたということは、何を意味しているのでしょうか。

19. ものみの塔が教えるように、もしここでユダヤ人たちが、誤ってイエスの主張を受け取り、 「イエスは自分ではエホバであるなどと思ってもいないし、そう主張したわけでもない」のに、ユダヤ人たちは「イエスは自分をエホバだと生意気にも主張している」と誤解してしまっただけなのでしょうか。そう考えた場合、次のような疑問が新たに持ち上がり、問題はより複雑になっていきます。

a. もし、ユダヤ人たちの誤解であったというなら、なぜイエスは、その誤解を解こうともせず、宮から出ていかれたのでしょうか。あたかも彼等が考えたように、イエスは、自分をエホバと等しい者であると主張したことが、真実であるような印象だけを、その場に居合わせた人々に残して・ ・ ・ 

b. もし、ものみの塔が主張するように、イエスキリストはマリヤから生れる前は、天使長ミカエルだったということが真実ならば、なぜこの時、ユダヤ人たちに対してイエスはこう真実を明さなかったのでしょうか。すなわち、「君達、わたしが本当に自分をエホバだと主張しているなどと思ったのかね。とんでもない。わたしもアブラハムと同じ、被造物だよ。わたしは天使ミカエルだったんだよ。誤解しないでほしいな。わたしは自分のことを、永遠から永遠まで存在する者だなんて言った覚えはないよ。」と。
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