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宗教と私たちの世界について

於: 2005/11/17 高槻市大和ネオポリス自治会 みやび会           池田 豊



「宗教」とは何か
 日本語の「宗教」という言葉は、幕末期に作られた英語のReligionの訳語として誕生しました。アメリカとの交渉を続けるにあたり、Religionに匹敵する日本語が必要になり英語のもととなったラテン語、religareの意味を日本語で表そうとして作った用語だそうです。
 ラテン語のreligareという語は、もともと「結合すること」を意味する言葉です。そこから人間と絶対者である創造主とをつなぐこと、結びつけることを意味しました。Religionという英語が最初に日本語に翻訳されたのは日米修好通商条約の時だったようです。最初は、訳語の候補として宗旨や宗法の語があてられました。他にも、それに続く幕末から明治初頭にかけて用いられた訳語としては、「宗教」の他に、「宗門」、「宗旨法教」、「法教」、「教門」などがあったようです。
 人間は不思議な事物に接した時に畏敬の念や不安、疑念の感情を持ちますが、そのような感情を引き起こす対象に対する態度や行動、儀礼などの存在が宗教全般に共通している部分なのかもしれません。私たち人間だけが、永遠を意識し、死後の世界について考えるようです。死者を葬ることや、永遠の命を求めることは他の動物には見られない行動です。



 大漢和辞典によれば、「宗教」は次のように説明されています。
 「人生に超越した崇高・偉大なる、絶対、すなわち神や仏を畏敬する感じから、これを崇拝信仰して祭祀を行い、それによって慰藉(いしゃ)・安心・幸福を得て、以て人生の缺陥(けっかん)を補はんとする機能。古来、その教義・行事等の相違によって種々の宗教がある。今日に於いては、仏教・キリスト教・マホメット教が世界の三大宗教として最も勢力を有する。」



 しかしながら、宗教そのものを定義するとなると、様々な要素が複雑にからみあい、全ての宗教にあてはまるような説明を一言で言い表すことは大変難しいといって良いでしょう。
 専門書の宗教辞典(東大出版)によりますと、「宗教」の定義は、代表的なものを拾ってみても相当あって、たとえば文部省宗務課篇『宗教の定義集』には、104もの定義があげられていということです。内村鑑三などは、「宗教とは、人生に対するその人自身の解釈だ」と言っているほどです。



 一般的に世界の宗教類型を分類する時に大きく分ける区分は、一神教と多神教です。日本では、キリスト教、イスラム教(マホメット教)と共に、仏教も世界宗教と呼びますが、日本以外の国では、仏教を世界宗教と考える国はあまりありません。お釈迦様が誕生されたインドでは、ほとんど仏教徒の人はいません。インド全人口の中でたった0.8%の人々だけが仏教徒です。



※  ニュージーランドでインド人の人にBuddha(お釈迦さま)について質問したら、「仏陀って中国人でしょう?」と逆に質問されました。これって何?ゴータマ・シッダルタ、釈迦は、ホントはインドの人ではありません。現在のネパールに誕生しました。南部仏教と呼ばれる小乗仏教は、釈迦の教えを忠実に伝え、正統派として経典も確立しています。ところが、北部仏教の大乗仏教は、キリスト教がインドに一世紀以後伝えられた後に、馬鳴、龍樹という二世紀、三世紀の人たちが、西域から伝わった宗教を合成して作り上げたものです。カシミール地方が発信源です。地図で見るとよくわかりますが、ここは、シルクロードの通過点で、イラク、イラン、アフガニスタンを経て伝わってきたキリスト教と、キリスト教の異端であるグノーシス主義、そしてゾロアスター教などを釈迦仏教と混合してできたものが、大乗仏教となりました。後に、三世紀に起こったキリスト教の異端、マニ教ともウィグルで融合し、中国の唐の時代、長安に伝えられたと考えられます。それを九世紀に空海、弘法大師が真言宗として、また、最澄、伝教大師が法華経の経典を中心とした天台宗として日本に伝えたのです。日蓮宗も、浄土宗、浄土真宗、禅宗もみんな、比叡山を本山とする天台宗から派生したものです。ですから、インド大陸に住んでいる人たちにとってみれば、仏教、特に、中国で発展した大乗仏教という宗教は、インドとは何の関係もない、別の宗教、あるいは、中国の宗教だと考えたとしても、何の不思議もありません、当然なのです。



 日本に大乗仏教を伝えてくれた中国でもなんと、全人口の8%しか仏教徒はいません。韓国では、24%の人が仏教徒でインドや中国よりも多いのですが、キリスト教徒のほうが断然多く、韓国総人口の32%です。なぜ日本には、こんなに仏教徒の数が多く、仏教が先祖代々伝わる家の宗教として信じられているのでしょう。



 世界がもし100人の村だったらという本がありますが、その本によると、村民100人の内、33人がキリスト教信徒で、19人がイスラム教徒、13人がヒンドゥー教徒です。仏教徒はたった6人しかいません。しかも、その仏教の中身をみてみますと、小乗仏教と大乗仏教では、経典も、教えの内容も、別の宗教といってもよいほど大きく違います。

世界の宗教人口



                          信徒数           %   
    キリスト教     1,943,038,000     32.8    
    イスラム教     1,164,522,000     19.6    
    ヒンドゥー教    761,689,000     12.8    
    中国民間宗教    379,162,000      6.4    
    仏教                353,794,000      6.0    
    民俗宗教          248,565,000      4.2    
    新宗教             100,144,000      1.7    
    シク教               22,332,000      0.4    
    ユダヤ教            14,111,000      0.2    



       ブリタニカ国際年鑑1999年度版より

          



「教派」と「宗派」は違う
 そして、仏教の場合「宗派」というのがあります。キリスト教やイスラム教には「教派」がありますので、仏教の「宗派」と同じように考える日本人が多いのですが、「宗派」と「教派」はまったく違うものです。



 仏教の宗派に於いては、教えの根幹となる経典がそれぞれの宗派で違います。
 ところが、キリスト教の場合は、教派が違っていても、教えの基準となる聖書、つまり、旧約聖書三九巻、新約聖書二七巻、合計六十六巻は共通しているのです。(ユダヤ教もマホメット教[イスラム教、回教]も旧約聖書三九巻を教典としていることではキリスト教と共通しています。)



 仏教の場合は、教えの経典が違いますから、当然、拝む対象も仏教各宗派で違いがあります。
 一方、キリスト教では、『聖書が示すところの宇宙万物の創造主を、主イエス・キリストを信じる信仰を通して崇める』という意味に於いては、各教派、共通しているといってよいでしょう。



 又、キリスト教の聖書は、最も新しい部分(ヨハネの黙示録)でさえ日本の歴史でいえば、弥生式土器の中期に書き記されたものです。そして、聖書は完結しています。偽預言者たちが、天から新しい啓示を受けたと主張し、自分の書き記した書物を聖書に付け加えようとしますが、キリスト教会はことごとく異端として退けています。現代でも、ヨセフ・スミスという人が聖書にモルモン経典その他を付け加えようとしました。文鮮明という人も原理講論を聖書に付け加えようとしました。 一方、仏教の経典は、バインダー方式のようなものですから、次々と教典のページを増やしていくことができるという特徴をもっています。けれどもキリスト教のバイブルは、弥生式土器中期に完成されており、誰もそこに付け加えてはならないし、改訂してもならないという特殊な書物なのです。



 ところが仏教の経典はバインダー形式の本で、如是我聞(私はお釈迦様がこうおっしゃるのを聞きました)とさえ最初につければ、どんどん経典を付け加えていくことができたのです。
 最近(2002年2月5日)出版された、朝日新聞社発行、「梅原猛の授業 仏教」という本の中にも、梅原氏の以下のような興味深い発言が記されています。



 「たとえばいま、徳川家康が書いたという書物が出てきたら、皆さんインチキだと思うでしょう。ところが、インド人は、五百年前の人の書いた本が出てきたといっても怪しまれなかった。インド人は西洋人のような合理的な時間意識の中に生きていない。」 
梅原猛の授業 仏教 84?85頁



 「龍樹の伝記には、もうひとつ面白いことがあります。龍樹が海の果ての龍宮へ行ったら、そこに経典がいっぱいあった。釈迦の説法を記した経典が五百年のあいだ眠っていた。それを持ち帰って世に出したのが『般若経』という経典です。
 しかし、龍宮へ行って探し出してきたというのは、いかにもインチキくさいでしょう。事実とは思えないですね。いまの私たちから見れば、それは龍樹がみずから書いたんじゃないかと疑われます。そういう意味では、聖書の偽造です。龍樹はそれをあえてやって、釈迦の名において「かくのごとく我は釈迦から聞いた」という経典をつくった。
 龍樹がこういうことをやったから、それから後の大乗仏教の人たちは龍樹にならって、どこかで見つけてきたと言って、どんどん新しい経典をつくるんです。それらの経典は、釈迦の説いた教えではなく、経典をつくった人の教えと見て差しつかえないわけです。そういうことによって、どんどん経典が増えて、この部屋いっぱいになってしまった。
 皆さんどう思いますか。この話には歴史的認識が欠如しているといえるでしょう。」
 梅原猛の授業 仏教83?84頁



日本仏教の主な宗派とそれぞれの経典



 仏教の経典に関して見てみますと、天台宗や日蓮宗系の仏教では、法華経、正式には、妙法蓮華経(定説はないが、西北インドで紀元100年頃までには中心部分が成立し、その後、付加部分が付け加えられたと考えられている)を経典としています。極端な人々の中には、法華経だけが真理を伝える教えであり、その他の仏教経典はすべて邪宗の教えだとさえ言い切るグループがあるほどです。 



 浄土宗、浄土真宗の系列の仏教では、浄土三部経といわれます、無量寿経(一?二世紀頃ガンダーラで成立)、観無量寿経(紀元四?五世紀頃、西北インドあたりで成立)、阿弥陀経(紀元前という説もありますが、紀元一?二世紀以降、西北インドで成立したというのが正しいでしょう)というこれら三つの巻物が、大切な経典です。浄土真宗では、その他に、特に親鸞の歎異抄を尊重します。



 真言宗では、大日如来を本尊としますが、その根拠として、大日経と金剛頂経そして、蘇悉地(そしつじ)経という経典を重要と考えます。



 禅宗のように拝む対象をすべて拒否する無神論的な哲学に立つような宗派もあります。禅宗というのは、実は、仏心宗というのが正式な呼び名です。この派には、臨済宗、曹洞宗など広く知られている宗派があります。ひたすら座禅を行うことが特徴です。そして、禅宗の場合、一切の経典を否定し、認めないという特徴があります。ただひたすら座禅を組み、以心伝心の禅で仏心を伝えるという立場をとります。これを、「不立文字教外別伝」といいます。
その意味は、経典、教説にはよらず、釈尊以来、師の心から弟子の心へ直接仏法そのものが受け伝えられたのだという立場を意味します。
 日本に曹洞宗を広めた道元は、
「焼香、礼拝、念仏、修懺(しゅざん:俗人が過失や罪悪をザンゲするためにお坊さんにお経を読んでもらうこと)、看経(かんきん:お経を読むこと)を用いない」
と正法眼蔵弁道話の中ではっきり述べています。ですから、曹洞宗の僧侶の方々が、葬式の時にお経を読んだり、焼香をしたり、死者に拝礼などをしている姿がもし道元に見つかったら、道元はきっと「喝!」といって叱るのではないかと思うのです。



 日本仏教の場合、各宗派それぞれに教えの基盤となる経典が違うわけですから、信じていることの内容も別々であり、拝む対象も違います。ですから、世界的な宗教学の常識から見てみれば、それぞれが別々の宗教ではないかといわれても、しかたがないくらい宗派間の隔たりは大きいのです。これは、江戸時代に徳川幕府がキリシタン皆殺し計画を推進するため、日本人全員を仏教徒にする命令を出したからです。檀家制度によって日本人全員がいずれかの宗派のメンバーとして登録され、仏教徒としてひとくくりにされてしまったからです。



 小池長之博士の「日本宗教ものしり100」という本には次のような文章があります。「寛永一七年(1640)幕府は宗門改めを厳重にし、全国民をどこかの寺の檀家になるよう義務づけた。寺ごとに宗門人別帳を提出させ、疑わしい者に対しては寺側から、「当寺の檀家に相違ない」という寺請け証文を出させた。そして葬式や法事を檀那寺の僧がやることを義務づけ、盆には、檀那寺の僧が檀家まわりをして仏壇や棚経(たなぎょう)のあることを確認させた。」



マホメットとイスラム教について
 イスラムとは、アラビア語でal-Islam「平和である事」また「絶対に帰依する事」、「服従」という意味です。モスレム(Moslem;Muslim)とは、「服従する者」という意味です。従って、イスラム教徒、モスレム教徒とは、コーランに記されているアラーの神の意志に服従する人々のことを言います。
 イスラム教では、人類を導くために、創造主が人類に遣わされた使者が28人いたとしています。そしてその人々を預言者として位置づけます。その中には、アブラハム、モーゼも入っており、イエス・キリストも預言者の一人として位置づけられています。しかし、紀元570年にメッカに生を受けたマホメットこそが、最終の最も偉大な、正しい預言者であるとされ、イエスキリストはマホメットよりも位の低い預言者でしかないとされています。
 マホメットは、誕生時すでに父はなく、母も幼い時に失い孤児として、祖父と、伯父によって育てられました。貿易商となった彼は、正直に商売をしたので、「アル・アミン」、信頼できる人と呼ばれました。



 595年頃マホメットは25歳で、自分よりも15歳年上の富裕な未亡人、ハディージャ(40歳)という女性と結婚します。迫害を受けたため、622年メッカを去り、メディナへ移住します。これが、イスラム暦の元年とされるイスラム教徒にとって重要な年です。
 マホメットは、40歳になったある日、天使ガブリエルの声を聞いたといいます。そしてそのことを契機に、自分が預言者だと自覚するのです。その時から23年間、アラーの預言者、使徒として活動します。読み書きができなかった彼は、神の命令を口頭で伝え、後に、文書としてまとめられたのが、コーランです。



 コーランは114章(スーラ)からなり、章はさらに細かく6239(アーヤ)に分けられている書物です。イスラム教徒にとっては、大変重要な書物ですが、コーランは7世紀に登場する比較的新しい文書です。イスラム教徒はコーランより以前からある創造主の啓示として広く人類に受け入れられていた以下の旧約聖書と新約聖書をも教典として受け入れています。



Taurat   モーゼの五書律法
Zabur   ダビデの詩篇
Injil     キリストの福音書



コーラン自体にもこう記されています。



神が述べたもう: 言え、(マホメットよ)我々は神を信じ、我々に下されたもの、アブラハム、イスマイル、イサク、ヤコブ゙並びに各支族に下されたもの、モーゼ、イエス並びに預言者達に主より授けられたものを信じます。 我々はこれらの人々のうち、だれがどうと差別はしません。 我々は神に帰依します。 コーラン3:84



しかしながら、その中でもコーランを最重要の啓示としているのです。



  実は、マホメットは、旧約聖書が伝える唯一の創造主を信じるハニーフと呼ばれる人々の一人でした。ですからコーランでは、ユダヤ教徒とキリスト教徒を「啓典の民」と呼び、親戚のような関係であることを明言しています。キリストがお生まれになった500年以上も後になって生まれたマホメットでしたから、イスラム教というのは、ユダヤ教から派生したカルト集団だということができるのです。



 イスラム教では、新約聖書が明確に伝えている真理、すなわち、主イエスが、創造主であられることを否定します。前述しましたように、主イエスを単なる預言者らの一人にすぎないと考えるところがキリスト教とは違う点です。



イスラムの6本柱
1.シャハーダ(信仰告白)「ただ一人の神、アラーを信じます!」と大きなはっきりした声で唱える。 生涯に一度、はっきりと、正確に、心の底から言わなければならない。
2.サラート(礼拝)毎日、5回アラーに向かって祈ること
3.ザカート(喜捨)喜捨:施しをすること
4.サウム(断食)ラマダン(イスラム暦の9月)の30日間、断食すること日の出から日没までの日中は、飲食、喫煙等は禁止
5.ハッジ(巡礼)メッカへの巡礼:全てのモスレムは、生涯に必ず一度は、メッカに巡礼すべきである。しかし、経済的に困難である場合はその限りではない。



そして、もう一つ、2001年9月11日に起きた悪夢のテロ事件にも関係するジハードというもう一つの柱がイスラム教には存在します。



6.ジハード(聖戦)これは、イスラム教を守るための戦いというのが本来の意味なのでしょうが、現実的に歴史上展開されているイスラム教徒による聖戦とは、アッラーの領土を拡張するための戦争です。「コーランか剣か」という言葉にそれは簡潔に表現されています。



コーラン自体の記述を見てみましょう。



アッラーとその使徒に対して戦い、または地上を攪乱して歩く者の応報は、殺されるか、または十字架につけられるか、あるいは手足を互い違いに切断されるか、または国土から追放される外はない。これらはかれらにとっては現世での屈辱であり、更に来世において厳しい懲罰がある。 コーラン5:33



その地で完全に勝利を収めるまでは、捕虜を捕えることは、使徒にとって相応しくない。あなたがたは現世のはかない幸福を望むが、アッラーは(あなたがたのため)来世を望まれる。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。 コーラン8:67



預言者よ、不信者と偽信者にたいし、奮闘努力しなさい。またかれらに対し強硬であれ。かれらの住まいは地獄である。何と悪い帰り所であることよ。 コーラン66:9



 イスラム教徒は、非イスラム教国と戦争をした場合、彼らがイスラム教徒になるか、滅ぼされるかどちらかであると教えられます。このコーランの教えに中道はありません。イスラム教徒となるか滅ぼされるかのどちらかなのです。不信者と偽信者たちに対し、武力をもって制圧することが聖戦、ジハードです。そして、この異教徒たちへの戦争で殉教する者がいたら、それは名誉あることで、天国の祝福が間違いなく約束されると教えられるのです。



マホメット教徒以外は抹殺せよと教えるコーラン



 コーランは前述しましたように、114章(スーラ)からなり、章はさらに細かく6239の部分(アーヤ)に分けられています。
 その6239の箇所の内、ユダヤ人とクリスチャンたちだけに限定されず、イスラム教以外の宗教を信じる人々も全員アッラーの敵であり、抹殺されなければならないという教えに関連する箇所が100以上あるそうです。以下は、その一例です。



5章、食卓章(アル・マイーダ)5:51
・あなたがた信仰する者よ、ユダヤ人やキリスト教徒を、仲間としてはならない。かれらは互いに友である。あなたがたの中誰でも、かれらを仲間とする者は、かれらの同類である。アッラーは決して不義の民を御導きになられない。



9章、悔悟章(アッ・タウバ)9:5
・聖月が過ぎたならば、多神教徒を見付け次第殺し、またはこれを捕虜にし、拘禁し、また凡ての計略(を準備して)これを待ち伏せよ。だがかれらが悔悟して、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をするならば、かれらのために道を開け。本当にアッラーは寛容にして慈悲深い方であられる。  



9章、悔悟章(アッ・タウバ)9:29
・アッラーも、終末の日をも信じない者たちと戦え。またアッラーと使徒から、禁じられたことを守らず、啓典を受けていながら真理の教えを認めない者たちには、かれらが進んで税〔ジズヤ〕を納め、屈服するまで戦え。



9章、悔悟章(アッ・タウバ)9:41
・あなたがたは奮起して、軽くあるいは重く(備えて)出動しなさい。そしてあなたがたの財産と生命を棒げて、アッラーの道のために奮闘努力しなさい。もしあなたがたが理解するならば、それがあなたがたのために最も良い。



 2001年9月26日の朝日新聞、朝刊にありますように、アフガニスタンのタリバーンは1996年9月27日、カブールに進撃してきた際、素顔の見える女性たちを見つけるやいなや、棒や銃座で殴打し、無理矢理、ブルカというベールを頭からかぶり身体をすっぽりと覆うよう強制したのです。それ以前のラバニ政権の頃は、繁華街でスカートにハイヒール、口には口紅をつけたおしゃれな女性がショッピングを楽しんでいたそうです。ところがタリバーンの支配と共に女性の就労や教育も禁止されました。内戦で夫をなくした女性の母子家庭では、収入の道が閉ざされています。しかたなくそのような方々は、商店街の路上で物乞いをするしか生きる手だてはありません。タリバーン政権になって一番増えたのは、物乞いをする女性たちだそうです。
 男性もターバンをかぶり、ヒゲをはやしていないと処罰の対象です。なんという窮屈な全体主義でしょうか。ひところの共産主義社会以上の、民衆から自由を奪う為政者たちのエゴと、独善的な価値観の押しつけです。



 アメリカ人の自由を尊重し、一人一人の人権に配慮しようとする姿勢などは、タリバーン、イスラム原理主義を基盤とする全体主義者たちの目からみれば、犯罪行為なのです。そして、その自由や人権をイスラム教徒たちに提示し、彼らの目を開かせてしまうアメリカのような国は、イスラム原理主義の敵であり、イスラム教徒を堕落させる悪以外のなにものでもないということになります。その諸悪の根元であるアメリカを破壊し、軍人は当然のことながら、それ以外の一般の「自由を尊重する」民衆もアッラーの敵である。彼らを殺害し、一掃するかあるいは、全員、タリバーンと同じ価値観を持つイスラム教徒に改宗させるかのどちかである。それこそがアッラーのご意志であり、聖戦:ジハードなのだという論理になるのです。



 ブッシュ大統領は、2001年9月11日に起こった同時多発テロ事件で犠牲者となられた方々のご遺族のために哀悼集会を開いた際、キリスト教の指導者だけでなく、他宗教の聖職者、指導者を招きました。その中にイスラム教の指導者もおられ、今回のテロはイスラム教の主流とは区別されなければならない旨を語っておられました。ブッシュ大統領も父親の前ブッシュ大統領も本来イスラム教は、平和を愛する慈悲深い宗教だと語り、今回のテロは、ごく一部の偏狭なイスラム教徒が犯した犯罪だと説明しておられます。



 そうです。確かにイスラム教徒の中にも穏健な平和を愛する人々がおられることは間違いありません。



 しかしながら問題は、そのような穏健派の考え方が、コーランに支持されうるのかどうかです。少なくともそのような疑問が、タリバーンや過激なイスラム原理主義者たちの首尾一貫した論理的思考の内にあるということこそが問題なのです。



イスラムのスンニー派とシーア派とは?
 現代のイスラム世界では、80%以上の人々がスンニー派です。スンニー派は正当派とも言われています。マホメットの言行録(スンナ)を、生活上の模範とする人々がスンニー派です。サウジアラビアに多くいます。



 それに対して、シーア派とは、マホメットのいとこであり、娘婿でもあったアリーをマホメットが自分の後継者として選んでいたと主張する立場の党派です。
マホメットの死後、彼が後継者となる宗教指導者を指名しなかったため、信者達が、指導者を選出しました。その指導者の呼び方をカリフと言います。第三代のカリフが不満分子により暗殺されてしまいます。その後、第四代カリフに選出されたのがアリーです。マホメットには息子がいませんでした。息子がいることがステイタスであると考える非ムスリム・アラブは、常々それを馬鹿にしていました。しかしある日神は啓示を下し、マホメットの末娘であるファーティマを通じて預言者の血は後生に伝わるとアリーを支持する人々は言いだしました。ところがアリーの支持母体は、もともと少数派で弱く、アリーは暗殺されてしまいます。しかしアリーを支持した人々が、後のシーア派を組織していきました。



 「シーア」とは「党」という意味です。ですから厳密には「アリーの党」というところですが、簡略化してただ「党」と名のっているのです。このシーア派は、純粋なイスラムの概念からすると教義の解釈が違いすぎるというのでスンニー派の人々は、シーア派の人々を正しいイスラムとは認めません。スンニー派はコーランとハディースの厳格な遵守を求めますが、スンニー派がコーランやハディースを表面的になぞっているだけで精神性がないとシーア派の人々は非難します。「コーランの内面的な解釈」を行うことを求めていると言うのです。これが両派の大きな違いです。もちろん、内面的解釈を誰もが勝手に行ったら、とんでもないことになりますので、イマーム(ペルシア語ではエマーム)と呼ばれる、決して誤ることのない無謬の人物(預言者とアリーの子孫)のみが行えるということに一応建前上なっています。



 時代が下るに従って、シーア派はどんどんと分裂し、様々なセクトが登場します。その中で最も人口が多いのが12イマーム派であるとされています。イランのシーア派もこれに属します。スンニー派の中にもイスラーム法の解釈の違いなどから大きく四つのグループが存在していますが、基本的な部分においては一致しています。現在のイラクはシーア派(人口の60%)、スンニー派(15%)、クルド人(20%)などの勢力となっています。



排他的なイスラム社会の傾向
 サウジアラビアにあるイスラム世界の総本山、メッカはイスラム教徒にとっての聖地です。日本の神社仏閣では、キリスト教徒が観光に訪れることもできますし、仏教徒がヨーロッパの教会を見学することもできます。ところが、異教徒(イスラム教徒以外の人間)が、聖地メッカのカーバ神殿を訪れることは、絶対に許されません。きびしい検問があって、宗教警察(これもサウジアラビアなどイスラム教の国独特のもの)がニラミをきかせているからです。



 2001年9月に引き起こされたアメリカのテロ事件の首謀者とみられているオサマ・ビンラディンは、イスラム教国がジハードで団結し、アメリカと戦うべきだ主張しています。文明間の衝突であり、イスラム教とキリスト教の戦いであるかのような図式を画策しています。



 日本人の中には、そのようなマスコミの報道を耳にすると、あたかもイスラムの国々が一枚岩であり、団結して、国民の大多数をキリスト教徒がしめている国々と争っているかのような錯覚を持つ人がおられるかもしれません。しかし、それほど単純な図式ではありません。なぜならば、イスラム教を奉じる国々の間同士で、異教派間(スンニー派とシーア派など)では、同じように血なまぐさい事件がひき起こされているからです。



 以前、イスラムに批判的な『悪魔の詩』という小説がサルマン・ラシディという人によって発表されたことがありました。そのとき、サダムフセインのイランは、総力を挙げて著者サルマン・ラシディ氏を暗殺しようとしました。イランは、日本にも暗殺のプロフェッショナルを送り込み、『悪魔の詩』の日本語訳を手がけた五十嵐一筑波大学助教授を抹殺することに成功しています。五十嵐助教授の死に対するサダムフセインとイランの大義名分は、アッラーの神に対する忠誠と“ジハド”(イスラム聖戦)にのみあるのです。イラクは狂気じみたイスラム化政策のために国庫は空っぽで、深刻な財政危機に陥っていたのです。イスラム国であるイラクが同じイスラム国のイランと長期に渡る「イラ・イラ戦争」を行っていたことは、まだ記憶に残っているという人も多いのではないでしょうか。イスラム教を奉じる国々の間同士で戦争が行われることは珍しいことではありません。



 イスラム教徒は、非イスラム教国と戦争をした場合、彼らがイスラム教徒になるか、滅ぼされるかのどちらかであると教えられます。
 このコーランの教えに中道はありません。イスラム教徒となるか滅ぼされるかのどちらかなのです。不信者と偽信者たちに対し、武力をもって制圧することが聖戦、ジハードです。そして、この異教徒たちへの戦争で殉教する者がいたら、それは名誉あることで、天国の祝福が間違いなく約束されると教えられるのです。



 イランのホメイニ師はかつて、このような発言をしています。「イスラム教徒にとって最も純粋な歓喜は、アッラーのために人を殺すことであり、アッラーのために殉教することだ。」
"The purest joy in Islam is to kill and be killed for Allah."



 確かに、自分の弱さや、問題から自殺することは逃避であり、イスラム教徒にとっては罪です。しかしながら、テロのような悲惨な形態をとろうが、どのような方法であれ、アッラーの教えを広め、徹底することに邪魔をする者らを殺害するための死であれば、自分の命をかける戦いは、殉教であり、聖戦における名誉なのです。そして、そのことをコーランは奨励し、来世での歓楽的な報いを約束し、現世における禁欲主義、戒律主義を正当化しているのです。



 コーランの教えによると、男は4人まで妻を持つことが認められています。そして、その妻達を全て平等に扱わなければならないそうです。妻が一人だけでも悩みはつきない・・・などという人がおられますが、4人もいたら、しかも平等に扱わなければならないとしたら、大変な苦悩が予想できます。でもイスラム教徒にとって死とは何かといいますと、この世の悩みからの解放を意味しているのです。彼らは最後の審判を信じています。そして、なんと殉教者たちには、天国で70人、あるいは72人の処女(しかも悩みを引き起こすことが絶対ない、すばらしい女性たちだそうです)がそれぞれに与えられ、酒を浴びるほど飲むことのできる、快楽三昧の生活が約束されているというのです。



 このことは、直接コーランに70人、あるいは72人という数字があげられているのではないのですが、Imams(イスラムの聖職者)によって教えられているのです。
 現実の世界で極度の戒律に縛られ、禁欲生活を強いられた若者たちが、そのようなマインドコントロールを幼少の頃から受け、テロリスト集団となるのです。そして彼らは、全世界の、非イスラム教国の人々を脅かすのです。



 私たちは、このようなイスラム教とその教えの母胎であるコーランの教義とをよく認識した上で、グラウンドゼロのテロ事件やそのような悲惨をくり返させないための取り組みを見つめ、関与していかなければならないと思います。



 1933年、インドのベンガルに生まれ、所得配分の不公平や貧困、飢餓の研究で異例のノーベル経済学賞を受賞したセン教授(ケンブリッジ大)は、哲学、宗教、文学にも造けいが深い方ですが、2001年11月2日の朝日新聞紙上で、ニユーヨーク支局長、五十嵐浩司氏のインタビューに答え、同時多発テロ、米英軍のタリバーン攻撃、そしてアフガニスタンの国家再建と、いま世界の耳目を集める問題について以下のような所見を述べておられます。



 ?同時多発テロが起きたとき、どう感じましたか。
 「ろうばいした。個人的には娘がニューヨークの新聞社で働いていて、世界貿易センターにもしばしば行くので。社会的な面では、ハイテクと古風な暴力という組み合わせのテロが今後も続くのではと懸念した。アルカイダのような偏狭で非理性的な考えと、航空術や建築の知識といった理性の産物の組み合わせは、脅威となるものだ」
 ?テロの原因に貧困を挙げる声があります。
 「ビンラディンらを突き動かしているのは貧困ではない。彼らは裕福だし、アルカイダのテロ活動はグローバル資本主義の中にあるといってもいい。カネを稼ぎ、それをこうした目的に使う」 「だが、二つの点で貧困が絡む。まず、命を投げ出そうというテロ志願者の多くは世界の不公平に反発しており、貧困は不公平の最も大きな問題だ。第2に、数千人の殺害といった野蛮な行いは道徳面で正当化する必要がある。『不公平に反対して戦っている』と自分を正当化するわけだ」
 ?彼らの行動はグローバル化の「陰」の部分という指摘があります。
 「世界で起きていることは、世界の現実という文脈でしか語れない。グローバル化は世界の現実なのだから、何が起きようと絡んでくる。だから浅薄な論議だ。とはいえ、間違いともいえない。最新の技術、とりわけ情報技術なしにはアルカイダは爆発物、機器、ネットワークなどを手に入れられないのだから」
 ?「文明の衝突」論には反対されてますね。
 「あの理論は正しくない。『文明が衝突する』点ではなく、世界が文明によって分割されるという考え方自体が誤り。長い歴史を見れば各文明は互いにかかわりをもって動いてきた。また、人は自分自身を文明や宗教によってのみ規定するものではない。政治や職業など何百もの方法がある」 「イスラム教徒が世界貿易センターを攻撃したと言うが、あのビルの構造を決めた技術者はバングラデシュのイスラム教徒だ。イスラム教徒は造る側、破壊する側とともにいる。アルカイダが欧米に反対するのはキリスト教徒だからではない。『米国が世界を搾取している』 『米国は世界の武器の5割を売る』。これは『持たざる者』の『富める者』への怒りだ。キリスト教や欧米の価値に対してではない」



多神教国日本でも血なまぐさい争いや、残虐行為はあった
 キリスト教やイスラム教は、たくさんの教派に分かれているため、争いが起こるのだという主張をする方がおられます。また、キリスト教やユダヤ教、イスラム教のような一神教の宗教が、世界に戦争を引き起こしていると非難する人もいます。それでは、本当に、多神教を信じている国や自然崇拝を行っている民族は、戦争と無縁なのでしょうか。



 ご存じのようにキリストが誕生した当時、ローマ帝国は多神教の国でした。しかし、ローマ帝国が侵略戦争につぐ侵略戦争で領土を拡大したのは、歴史的事実です。



 日本でも戦国時代、日本人同士が互いに血を流し合っていたのです。その頃、各領主、殿様、そしてその配下の武将たちは、どのような宗教を信じていたのでしょうか?一神教ではなかったようです。彼らは仏教徒であり、神道信者だったというのが通説です。それならば、仏教の信仰、はたまた自然自体を神々と信じ、拝むものはなんでもよいという信仰を持つ人々だったので、当時の日本人は、互いに争い、戦い、領土を略奪しあったというのでしょうか?彼らが信じていた宗教が争いの原因だったのでしょうか?私は違うと思います。



 世界で現在起こっている多くの戦闘は、宗教的対立のように見えてはいても、実際はそうではありません。同じイスラム教国どうしだったイラクがイランに侵攻した例に見るように、それは宗教的教義のための戦いなどではありません。石油資源の利権こそが原因でした。もしクウェートに油田がなく、ジャガイモとカボチャなどがクウェートの主産物だったとしたら、イラクはクウェートに侵攻しなかったでしょうし、湾岸戦争も起こらなかったはずです。石油の利権がなければ、現在のイラクの悲惨な現状も起こってはいなかったのではないでしょうか。



 哲学者の梅原猛氏は、アメリカのニューヨークでグラウンドゼロのテロ行為がなされた後、新聞紙上に「釈迦に学び、憎悪の連鎖断て」と題する文章を発表されました。 
彼は、こう記しておられます。



 「私は、キリスト教とそのもとになるユダヤ教もイスラム教も同じ根から出てきたものであると思う。それは砂漠の宗教であり、一神教である。私は世界が多くの森に覆われていたときの人間の宗教は多神教であり、農業文明が起こり、森が切り開かれて農地や牧草地になり、やがて砂漠になったときに一神教は起こったと考えるが、イスラム教は、キリスト教やユダヤ教よりいっそう純化した一神教であるといえる。・・・・
私は、アメリカ人の怒りはもっともであるが、一人のテロ首謀者を捕らえるために大規模な軍事作戦をとることはアメリカにとっても好ましいことではないと思う。この「戦争」に勝ってもアメリカは苦しい立場に立たざるを得ない。



 なぜなら、アメリカの強い軍事力によってタリバーンがアフガニスタンの人民とともに大量虐殺されるのをテレビで見せることは、イスラム諸国のアメリカに対する反感をいっそう強め、必ず第二、第三のビンラディンやタリバーンが出て、核兵器や生物兵器を使う大規模テロがアメリカやアメリカを支援した国々に起こることは火を見るより明らかであるからである。



森の思想=多神教に帰ろう



 私はこの際、釈迦の知恵に学ぶことがいちばんよいと思う。釈迦は自国を滅ぼされ、親族を皆殺しにされたが、その憎悪の連鎖の業を断てと説いた。このアラブと西洋との間の歴史的業とでもいうべき深い憎悪の連鎖を釈迦の思想にならって断たなければ、人類は滅亡を免れないと思う。



 私は前々から、己の正義を百パーセント主張する戦闘的な一神教は人類の未来を危うくするので、人類は原初的な森の思想である多神教に帰らねばならないと叫んできた・・・」



 梅原氏は、哲学者でいらっしゃいますから、新約聖書に記されているイエス・キリストの言葉をご存じないわけではないと思うのですが、きっとこの文章を執筆しておられるときにお忘れになっていたのだろうと思います。イエス・キリストはこうおっしゃいました。



『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。  マタイ五章四三?四四節



 さらに梅原氏の間違いを指摘するならば、聖書で創造主がイスラエル民族に約束された地とは、梅原氏が風土、宗教を好戦的侵略と強引にこじつけようとする論理に反し、砂漠などではありませんでした。新約聖書が記されイエス様が活躍された、日本の歴史で言えば弥生式土器中期以前、この約束の地は、断じて砂漠などではなく旧約聖書の表現で申しますと『乳と密の流れる地』つまり肥沃な土地だったのです。農耕もさかんになされておりました。



 そして、朝鮮半島の百済からこの日本列島に渡来した人々は仏教徒でしたが、先住民族の人々を殺戮し、領土を奪い取ったのです。一神教の人々だけが己の正義を百パーセント主張し、戦闘的だと言い切るのは、人類の歴史を無視したとんでもない暴論です。アイヌの人々をはじめ、隼人、熊襲、土蜘蛛(つちぐも)族、沖縄の琉球王朝、現在は東北、岩手県近郊の蝦夷(えみし)、島根県の出雲、そして、私の故郷、新潟県糸魚川に住んでいた高志(こし)の国の人々も、みな仏教徒である大和(やまと)の国の人々に侵略され、軍事力をもって虐殺されたあげく、領土を奪われたのでした。仏教を信じている人々も多神教の人々も自分の正義を主張し、軍事力にものをいわせ殺戮行為の報復と憎悪の連鎖を繰り返してきたといってよいでしょう。



仏教の指導的僧侶たちがキリシタン迫害、皆殺し計画を進言した
 江戸時代、たくさんのキリシタンがむごたらしい方法で虐殺されました。女性や子どもたちが無惨に殺害されたのです。昭和四四年光文社より発行された、法学者である井上和夫著、「残酷の日本史」という本があります。その中には、日本で施行された残酷な刑が図解入りで紹介されている頁があります。その多くが、クリスチャンたちを冷酷な拷問にかけ、殺害した方法に関して述べたものです。



 織田信長には承兌(しょうだい)、豊臣秀吉には元佶(げんきつ)、徳川家康には崇伝(すうでん)という仏教僧が、それぞれ知恵袋として側近におりました。そして徳川幕府は、五人組制度や檀家制度、そして寺社奉行の下にキリシタン類族改めを施行し、多くのキリスト教信者を抹殺したのです。これらキリシタン迫害の計画のすべては、元佶や崇伝ら仏教指導者たちが進言したものでした。だとしたら「残酷の日本史」に収録されている、むごたらしい残虐行為や殺戮行為は、すべて仏教という宗教、つまりお釈迦様の教えが原因だったということになるのでしょうか?私はそうではないと思います。



資本主義以外の社会体制、無宗教無神論のもとでも残虐行為はある
 旧ソビエト連邦や中国、北朝鮮、ルーマニアなどで共産主義革命がなされた時、大量の人々が残虐な形で殺された事実があります。それは、彼らが無神論者で宗教を持たなかったから、残虐行為が平気でできたというのでしょうか?無神論というイデオロギーが殺戮行為の直接的な原因なのでしょうか?私は違うと思います。人間が互いに争いあい、殺しあう背景には、様々な要素が複雑に絡み合っていると私は思います。憎しみの根源を単純に特定の一神教という宗教や思想によるものだと一つの要素に簡略化し、結論付けるのは行き過ぎの危険性があると私は思っています。もちろんオウム真理教の教えやコーランの教えの一部にあるように、中には教えそのものの中にとても破壊的な危険思想を命じる教えがあることも事実ですが、多くの宗教は、バランスを保ちつつ世界に広がってきたと言って良いと思います。



 ただ、はっきりといえるのは、次のことではないでしょうか。たとえ、どのような高尚な倫理的教え(特定の宗教であろうが、倫理、あるいは無神論、無宗教であろうが関係なく)をかざしている国家があったとしても、そのもとに住んでいる人間一人一人には、不完全な要素や限界があるということです。特に為政者が権力を手中にした時、豹変する場合が、どこの国、どの宗教をバックグラウンドとしている民族、グループであっても起こりうるのです。



 言い換えれば、聖書が主張しているように、人間はどこの国の人であろうと堕落しており、生まれながらにして自己を正当化し、義としやすく、自己中心的になりやすい傾向(原罪)をもっていると言うことが真実なのだと思います。これが現実です。



 日本のメディアは、総じて世界中で起っている紛争や戦争、又、世界の悲惨の原因が、あたかも宗教にあるかのように報道する傾向があります。しかし本当は、どこの国であっても、又、どのような宗教を信じている人々であっても、個人個人のうちに共通する、『自己義認』と『自己中心性』の問題があるのです。そこにこそ危険があるのです。このことに気がついていない人があまりに多いのではないでしょうか。そしてそのような本質的な問題のルーツは、仏教のせいでも、神道のせいでも、多神教のせいでも、無神論のせいでも、そしてまた、キリスト教のせいでもない・・・と皆様、思われませんか。



本質的問題
 またある人が「宗教にはすばらしい側面があるけれども、政治に利用されるから危険だ」とおっしゃるのを以前、聞いたことがあります。飛行機や、原子力もすばらしいものです。しかしながら、これら人類にとって有益な科学技術も、残念ながらテロリストに利用される危険性があるのです。



 そのことと「宗教にはすばらしい側面があるが政治に利用されることがある」ということとは、それほど大きく違わない問題のように思えます。飛行機や原子力そして宗教そのものが悪いわけではありません。



聖書の言葉



あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。 ローマ一二章一八節

悪から遠ざかって善を行ない、平和を求めてこれを追い求めよ。 ペテロの手紙第一、三章一一節

すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。 ヘブル一二章一四節

これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。  コリント人への手紙第二、五章一八?二一節



※ シク教  
16世紀初めにナーナクにより創始されたヒンドゥー教の改革派で、イスラーム教の影響を受けている。シクという語はシシュヤ(弟子)からのなまりで、同派の開祖ナーナクの門弟であることを表明することばである。その教義は、唯一永遠なる神を説く一神教であり、偶像崇拝やカースト的階級、苦業などをいずれも否定し人種差別に反対している。しかし、必ずしもインドの神々を否定したわけではなく、彼の弟子のなかにはヒンドゥー教徒やイスラーム教徒も含まれていたという。教徒はパンジャーブ地方に多く、アムリットサルがその信仰上の中心である。16世紀後半から教団組織も整備され強い結合をもつようになり、17世紀にはムガル政権から弾圧を受けると反イスラーム教政治団体の色彩をおびてきた。19世紀にランジート=シングによる統一王朝ガラホールを中心に成立し、2度にわたるシク戦争で、イギリスと交戦したが敗れ、イギリスに全インド征服を許した。



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