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モルモン教会の起源と教えの特徴

モルモン教会の正式名称は、末日聖徒イエス・キリスト教会といいます。末日というのは、全世界の終わりが近づいた時代という意味です。イエス・キリスト教会という名前がついているため、多くの人は、モルモン教会もキリスト教の一教派だと考えてしまうのです。しかし、その起源と教えの権威として用いている教典や、教えの内容を考えるならば、モルモン教会は、一般的なキリスト教会とは大きく違っています。似たような用語をもちいてはいますが、彼らが意味するところは、一般的なキリスト教会が理解するところとは、全然違っています。まず、その歴史的な側面を考察し、次に教えの内容を見ていきたいと思います。



モルモン教は、比較的新しい宗教です。創設者は、ジョセフ・スミス(Joseph Smith)という人です。彼は1805年12月23日にアメリカのバーモント州のシャロンという町で誕生しました。彼が18才になった時のことです。1823年9月21日の夜、モロナイ(Moroni)という天使が彼の前に現れたといいます。そして、アメリカ大陸の先住民についての起源及びその記録と共に完全な永遠の福音が刻まれている金でできた板、金版、そして、二個の宝石「ウリムとトミム」がついている胸当てが地面深く埋められていると告げたそうです。そのようなことが三度あって、三度目に天使モロナイがお告げを語った後、天に昇っていくと同時に、にわとりが鳴いたといいます。その後、彼は、ニューヨーク州、マンチェスターという村の近くの大きな丘の西側にかなりの大きさの石があって、その下に石の箱があり、天使が告げた金版と二つの宝石がついた胸当てが置かれてあったのを発見したそうです。でも、天使が言うには、これらの品を世に発表するのはまだ、早いといいます。四年待てというので、彼は、毎年一度、その場所に行くことにしました。


1827年9月22日、ジョセフ・スミスは、許可が出て、天使モロナイから、この金版と二つの宝石が付いた胸当てを受け取ります。そして、金版に書かれてあった文字を書き写し始めるのです。かなりの文字を写し取り、その中のいくらの部分を「ウリムとトミム」を使うことで英語に翻訳することができたそうです。それら金版に記されていた文字は何語だったかといいますと、ニューヨークの文学の権威者、チャールズ・アントン教授によれば、おおかたは古代エジプト語で、そのほかにカルデヤ語、アッシリア語、アラビア語だったそうです。そして、ジョセフ・スミスがもってきた翻訳ほど正確な翻訳は見たことがないとアントン教授は言ったとのことです。それで教授は証明書を書いて下さったそうです。先生が、その金版が埋められていた場所がどうして君にわかったのだねと尋ねられた時、スミスは、天使が教えてくれましたと答えます。そうしたら、アントン教授は、その証明書をよこせと言ったといいます。そして「今時、天使が現れるなどということはない。もし金版を私に見せてくれたら、私が直接翻訳してあげよう。」と言い、書いたばかりの証明書をずたずたに破ってしまったので、現在はそのような証明書は、存在していないのだそうです。その後、ジョセフ・スミスは、彼の父親の家の近所に住む学校の教師だったオリヴァ・カウドリという人と一緒にヨハネという名前の天使からバプテスマを受けたといいます。1829年5月15日のことだったそうです。


少々長くなりましたが、これが、預言者ジョセフ・スミスの証(あかし)という印刷物に記されている内容です。


誰でも、「モルモン経」という教典を開いて最初に目に付くのは、「三人の見証者の証言」という部分と、「八人の見証者の証言」という部分だと思います。合計で十一人の証言者の名前があげられています。つまり、上記のスミスが体験したという物語の信憑性を、この十一人の人たちが間違いない、真実だと太鼓判を押したということなのです。彼らは、ジョセフ・スミスが翻訳に当たった、古代エジプト語で書かれていたというその文字と金版とを自分たちの目で見たといいます。ところが、なんと、その十一人の内、八人は、モルモン教会から脱会しているのです。残ったのは、ジョセフ・スミスの父親と二人の人物だけです。


脱会者たちをご紹介します。デビッド・ホイットマーは、1838年6月「モルモン教会から離れよ」と神の声を聞いたということで、脱会します。オリヴァ・カウドリも脱会し、1841年にオハイオ州のメソジスト教会の会員になりました。マーティン・ハリスは、スミスが見つけた金版とは別の金版を発見したと主張するジェームズ・スタラングという人の弟子になってしまいました。ハリスという人は、信仰を13回も変えた人物で、モルモン教徒になったのは6番目のことでした。ハイラム・ページも脱会しました。そのためモルモン教会は、「教義と聖約」28章11節でハイラム・ページが記録した部分は、すべて神によるものではなく、サタンの欺きだったと記しているほどです。このページという人もハリスと同様、ジェームズ・スタラングの弟子になってしまいました。そのほか、クリスチャン・ホイットマー、ジェコブ・ホイットマー、ピーター・ホイットマー(二代目)、ジョン・ホイットマーらも脱会しています。脱会せず残ったのは、父親のジョセフ・スミス(初代)とハイラム・スミス、そしてサミュエル・H・スミスの三人だけです。


 


いずれにしても、ジョセフ・スミスの語ったことは、真実からはほど遠い、でたらめの作り話だったということです。もっとゆゆしきことは、彼が翻訳の作業を終えた後、三人の見証者(後になってこの三人とも、モルモン教会を脱会しましたが、オリヴァ・カウドリ、デビッド・ホイットマー、マーテン・ハリスの三人)のいる前で、「ジョセフ・スミスの翻訳は正確である」と天から神の言葉が語られたとのことですが、何と1830年に発行された「モルモン経」と、現在使用されているものとを比べてみると、3913カ所もの変更がなされていることです。翻訳の言い回しや文法的表記を変えたものだけではなく、意味が全く変わってしまったところもあります。3913カ所も変更されなければならない本が果たして、「神の賜物と能力によって」正確に翻訳されたと言い切れるのでしょうか。しかも、その翻訳に間違いがないという天からの声を聞いたという、三人の証人全員が、ことごとくモルモン教から脱会しているのです。


アメリカのワシントンDCにあるスミソニアン博物館研究所の文化人類学部門は1978年2月にモルモン経について、こう述べています。


1. The Smithsonian Institution has never used the Book of Mormon in any way as a scientific guide.  Smithsonian archeologists see no direct connection between the archeology of the New World and the subject matter of the book. ....


5. ...steel, glass, and silk were not used in the New World before 1492...


8. findings of ancient Egyptian, .... None of these claims has stood up.


1. スミソニアン博物館は、モルモン経をどのようなかたちであろうと、科学的な資料として参考としたことはない。スミソニアンに属する考古学者たちは新大陸についての考古学とこの本(モルモン経)が主題として記すこととの間に直接的関わりは一切ないと考えている。・・・ 


5. ・・・鉄器、ガラス、そして絹は、1492年以前には、新大陸で用いられてはいない・・・


8. 古代エジプトの発掘物・・・(モルモン経が)主張しているどれ一つとして、信用できる説得力のあるものはない。



実は、モルモン経の中身は、ジョセフ・スミスが、古代エジプト語から翻訳したものなどでは、決してありませんでした。そうではなくて、1812年、ソロモン・スポールディング(Solomon spaulding)という人が書いた幻想的な歴史小説そっくりなのです。スポールディングという人は、少々、精神病をわずらっていた人で、アメリカ原住民の先祖はイスラエルの末裔だと信じこんでいた人です。彼が晩年、その自説を小説風に書き、「発見された写本」という題名で書いたのです。それを、ジョセフ・スミスが入手し、マーティン・ハリスが出版しました。これがモルモン経です。ジョセフ・スミスは、無軌道で放縦な人で、かつ淫乱な人でした。かねてから数名の女性と性的関係を持っており、彼女たちと同棲していました。それで彼は多くの人から非難されていました。ところが、1843年、自分は、神から直接啓示を受けたと言い出します。公然と一夫多妻主義を正当化したのです。そして、堂々と自ら開始した宗教の教えとして、多くの女性に手を出し、性的関係をもつことを堂々と実践し始めました。ジョセフ・スミスは、自分が神であると言いだし、地上の者たちに魂を与えることが使命だと宣言します。そして、多くの子供を持つことが、天国で高い位を得る方法だと教えたのです。彼の後継者、ブリガム・ヤングもスミス同様、多妻主義をモルモン教会の教えの根幹としました。


ヤングは17人の妻を持ち、56人の子供を持っていたそうです。1871年アメリカ合衆国政府は、多妻主義がアメリカの国法に反することから、ヤングを逮捕します。しかし、モルモン教徒は依然、一夫多妻主義を神の御心であると主張し、実行し続けたのです。それで、1873年、アメリカは国法によって多妻禁止法を制定するに至ったのです。現在では、表向き、モルモン教会は多妻主義をとっていないということになっています。


 


興味深いことに、実は、モルモン教会の公の教えの多くは、モルモン経に教えられているわけではありません。むしろ現在、公に教えられている教えのいくつかは、モルモン経典の言葉と矛盾しているのです。このことに関して、私はモルモン教会の日本本部に問い合わせのメールを送り、返答を待っています。
以下、モルモン教会が教えている教えが、聖書の教えと違っている主なものをご紹介します。



1. モルモン教会は、創造主である父なる神は、かつて人間であったことがあり、神になったのだと教えます。聖書は三位一体の唯一の創造主について教えていますが、彼らはそれを否定します。そして、父なる神、子なる神、聖霊なる神は、それぞれ別々の神々であると考えます。基本的にモルモン教会の神概念は多神教です。


2. イエス・キリストについて、モルモン教会は、被造物の天使であり、ルシファー(堕落してサタンとなった)の霊的兄弟(sipirit-brother)だと教えます。聖書によれば、イエスさまは、万物の創造主であられ、ルシファーや、ミカエル、ガブリエルをも含む天使たちをも創造されたお方です。


  御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。 コロサイ1:15-17  初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。  ヨハネ1:1-3  


この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。ヘブル1:2-3  さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」また御使いについては、「神は、御使いたちを風とし、仕える者たちを炎とされる。」と言われましたが、御子については、こう言われます。「神よ。あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。  ヘブル1:6-8  


3. モルモン教会は、旧新約聖書だけでなく、モルモン経を神の啓示の書とします。そして、それだけでなく、彼ら独自の教えを裏付けるために「教義と聖約」そして「高価なる真珠」という書物も聖典とします。


4. 救いについて、モルモン教会は一般の教会とは全く違う独自の教理を教えます。モルモン教徒にとっての救いとは、モルモン教会が教える教えを守り、儀式を受けることで、死後、神になることができるといいます。これが救いです。そして、良いモルモン教徒は、新しい宇宙の惑星をご褒美として与えられ、その惑星を支配する神になるといいます。そのとき、子供をたくさん産むことが繁栄のしるしとなるのだそうです。聖書が教える救いは、主イエスキリストが自らの罪のために十字架で死んで下さり、死からよみがえり永遠のいのちを与えて下さることを信じ受け入れるだけで、罪赦され、天の御国に入れていただく特権を与えられることを意味します。ヨハネ1:12; 3:16-18; ローマ5:8


5. 救いに必要な条件に関しても、モルモン教会は聖書の教えとは全く違うことを教えます。モルモン教会によれば、イエス・キリストを救い主と信じるだけでは不十分だといいます。全ての罪を悔いて、改善しなければならないと言います。つまり、数えることができる罪の悔い改めを救いの条件とします。そして、モルモン教会が施すバプテスマの儀式を受けることも救いの条件です。そして聖霊の賜物を得るための按手礼を受け、モルモン教会が教える戒めのすべてを守り行わなければなりません。


  聖書は、このようなモルモン教会が教えるような、人間の努力で、戒律を守ったり、儀式を受けたりすることが救いの条件だと教えていません。そうではなくイエス・キリストを罪からの救い主、永遠のいのちの恩人として信じ受け入れるだけで救われると聖書は教えています。    


あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。   エペソ2:8-9  


神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みによって、相続人となるためです。  テトス3:5-7  


聖書は何と言っていますか。「それでアブラハムは神を信じた。それが彼の義と見なされた。」とあります。働く者のばあいに、その報酬は恵みでなくて、当然支払うべきものとみなされます。何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。 ローマ4:3-5  


しかし、人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。  ガラテヤ2:16


 



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