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行いの伴わない信仰は、死んだ信仰であるとは? (13)

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? 牧師 池田 豊

 ヤコブの手紙二章で非難されている人々は、どのような問題を抱えていたのでしょうか。ヤコブが語っている「行いに現れる信仰」と言ったときの「行い」とはいったい何を意味していたのでしょうか。

 文脈からわかることは、以下の事柄です。

1. 手紙の受取手は、栄光の主イエス・キリストを信じる信仰をもうすでに持っている人々である。(2:1)

2. 教会堂に金持ちの人と、みすぼらしい服装の見るからに貧乏な人が入ってきた場合、ヤコブの手紙を受け取った教会のクリスチャンたちは、金持ちの人に対しては、優遇し、貧乏な人を軽蔑し、差別していた。(2:2-6)

3. 聖書の神様がえこひきをなさるようなお方でなかったからこそ、私たちも救われたのだ(2:1,8,9)ということをヤコブは言いたかった

4. 自分が憐れみを受けたものであることを忘れ、もし憐れみを示さないような場合は、神様が、そのクリスチャンをキリストの座で裁かれるとき、憐れみを期待できない。憐れみを示さないクリスチャンに対する裁きは憐れみのない裁きである。(2:12,13)



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